平成の時代を駆け抜けて来た、美容業界のプロフェッショナルたちが、これまでの30年を振り返る。ビューティストたちの語る変遷と、令和という新しい時代に馳せる想いとは。
バブル崩壊後もビューティー業界の勢いは衰えず、アーティストブランドやナチュラルコスメが台頭。
赤やピンクの鮮やかな口紅を引いた唇に象徴される、華やかなバブル期から一転。世の中全体としては景気後退のときであったが、ビューティー業界は「他の業種に比較して大きな反動はなく、むしろ元気だった時代でした」と、約35年間美容業界でPR業務に携わってきた、大島PR代表取締役の大島洋子さんは振り返る。
ヌーディーカラーのリップグロスがメイクアップの主役に変わる中、「美容液やボディのスリミングコスメといった、これまでにないカテゴリーが生まれたのも1990年代。アロマテラピーにオーガニック及ばれる分野、また自然素材を用いたナチュラルコスメと呼ばれる領域が広りました」(大島さん) 。「伊勢丹新宿店に、現在の『ビューティアポセカリー』の前身の『BPQC』がセンセーショナルに誕生したことはとても大きい」と美容家・オーガニックスペシャリストの吉川千明さんは言う。
2000年代に入ると、90年代の終わりから予兆のあったアーティストブランドが誕生。その一方で美容医療系の施術も潮流の一つに挙げられるだろう。そんな大きな変化を経て迎えた2010年代の今、「生活環境の多様化から化粧品や美容法もますます変化している時代だろうと思います」(大島さん) 。そして、いよいよ平成から令和へと改元される2019年の今、ジェンダーの壁すら越えつつあり、真に自由にビューティーを楽しむことのできる時代になった。
メイクの30年──ファッションのトレンドを反映しつつ、ナチュラルさが主役に。
〜90年代:
シンディ・クロフォードやクラウディア・シファー、ナオミ・キャンベル、ヘレナ・クリステンセンといったスーパーモデルの人気が最盛期を迎えた。「健康的かつセクシーな傾向が見られた時代で、フェイクブロンザーやブラウントーンのカラーパレットがトレンドでした」と話すのは、メイクアップアーティストのCOCOさん。「流行のグランジファッションからロックテイストなメイクアップが生まれ、彩られたのを思い出します」
2000年代は細眉と日焼け肌風メイクが爆発的にヒット。<左から>『VOGUE JAPAN』2004年9月号より。Photo: Carter Smith 同年5月号のカヴァー。Photo: Craig McDean
2000年代:
ファッションやビューティーの広告の撮影がフィルムからデジタルへと移行した頃。「90年代の終わりから続くヌーディなリップグロスの台頭に加え、フェイクブロンザーにブラウントーンのカラーパレットがヒットしました」。ヘルシーでありながらセクシーなメイクアップを、まつ毛エクステやカラーコンタクトといったアイテムが支える。だが、ブームはメイクアップだけでなく、ビューティー全般にまで及び、注目が集まるようになったと言う。「空前の美容ブームが日本にも上陸しましたね」(COCOさん)
『VOGUE JAPAN』2014年4月号より。ベースメイクはナチュラルなツヤ肌、眉も、やはりナチュラルが主流になった。Photo: Kenneth Willardt
キャットアイライと赤リップを纏った、ジジ・ハディッドが『VOGUE JAPAN』2017年11月号のカヴァーに。 Photo: Luigi and Iango
2010年代:
80年代風のフェミニンなツヤ肌、真っ赤なリップ、キャットアイを描くアイライナーが再び注目され、ベースメイクはナチュラルさが求められた時代へ。「2012年5月に発表された、『VOGUE』誌の各国編集長19人による共同声明『ザ・ヘルス・イニシアティブ』。”美と健康とは不可分のものである”との信念を掲げるこの発表は、時代を象徴する大きなトピックスだと思います」(COCOさん)
ヘアの30年──カットやカラー、パーマの技術向上とともに洗練されていったトレンドのスタイル。
山下さんが2017年に制作した作品。
〜90年代:
それまでトレンドだったショートスタイルからロングヘアへ。Double・Double SONS代表でヘアスタイリストの山下浩二さんは、「毛先の軽いレイヤーに変わって行きました。それまでのストレートヘアや80年代に見られた強いウェーブヘアから、ソフトで軽いスタイルが多く見られた時代でした」とコメントする。ショートスタイルに多く見られたのは、カッパー系のオレンジ。「かたやロングヘアは、アッシュ系に人気が集まりました」 (山下さん)
2000年代:
毛先の軽いロングヘアは、コンサバな印象の強い、巻き髪が流行。「ロングヘアは、ブリーチを使ったハイライトがトレンドでした。その一方で、シャープな印象を付す、前下がりのボブや前髪の重いウルフカットも。それら多くのスタイルはハイトーンのアッシュ系に彩られました」と山下さんは振り返る。
2010年代:
重めに作られたぱっつん前髪のボブやマッシュルームといったスタイルは、この時代も不動の人気。特徴的なのは、短めのバングや女の子の坊主など、これまでとは明らかに異なる個性豊かなスタイルが多く見られたことだという。さらに、強めにかけたパーマという主張のあるスタイルも、決して主流ではないが、今もなお潮流の一つにある。「デジタルパーマが見られるようになったのもこの頃。ヘアカラーでは、ハイブリーチやブロンドブームなどが注目を浴びました。グラデーションで見せるブロンドもありますね」 (山下さん)
スキンケアの30年──高機能・高級化のビッグウェーブ。アジア人女性の肌がフィチャーされるようになった。
〜90年代:
「外見の美しさを求めた時代」と大島さんが話す90年代。ビューティーサイエンティストの岡部美代治さんは「1984年にエスティ ローダーのナイトリペアの日本上陸はセンセーショナルだったし、ここから機能性を訴求する美容液のブームが来た」と回顧する。製品化技術の著しい進歩が見られたのもこの頃。「美容成分をデリバリーする技術の、リポソームなどのナノサイズのカプセルを配合した高機能な美容液やクリームのトレンドが始まりました」 (岡部さん)
2000年代:
近年、増加している”新富裕層”をターゲットにした商品は化粧品にも多く見られるようになり、高機能高級クリームのブームがスタート。10万円以上のコスメも数多く発売された。「また、アジア向けに処方を変えた製品が出てきたのもこの頃。海外のブランドも日本女性やアジア女性の肌特性を研究。日本人の研究者を起用したり、日本に研究機関をつくるなどして、本格的に日本を含むアジア市場重視の戦略が始まりました」(岡部さん)
2010年代:
今では医療をはじめ、さまざまな分野で用いられている”再生機能”。「化粧品にもその研究が広がり、高機能な美容成分としてペプチドを配合した化粧品が増え始めました。中でも、まつ毛専用の美容液はブームにもなるほど」と岡部さんは解説。 そんな高機能で多機能なアイテムが続々と生まれる中、2017年には新規成分配合、医薬部外品のシワ改善化粧品がセンセーショナルに発表された。
「シワ改善と美白のダブル機能の医薬部外品も登場したことで、新しい薬用化粧品の開発熱が高まってきました。この潮流は今後も続くだろうと考えています」 (岡部さん)。 一方で、大島さんは「身体の健やかさ、素の状態を美しくすることへと世の中の関心がシフト。より細分化されてきているのを感じます」と話している。
ナチュラル・オーガニックの30年──平成のはじめに流行り始め、今やマジョリティに支持されるまでに。
伊勢丹新宿店のビューティーアポセカリーのフロアは連日、多くの人で賑わっている。
〜90年代:
「1990年代に入り、アロマテラピーが世界的に流行しました」と美容家でオーガニックスペシャリストの吉川千明さん。この影響を受け、日本でもアロマテラピーがブームになり、ハーブやエッセンシャルオイルの香りに多くの人が魅了。「オーガニックやナチュラルの分野でのショップやサロンが何もなかった東京に、今も多くの支持を得るジュリークやヴェレダ、ニールズヤード レメディーズなどのショップが続々とオープンしました」 (吉川さん) これにより、リラックスやストレスという言葉が、広く一般的に使われるようになる。
2000年代:
百貨店に初めてオーガニックコスメ専門のフロアが誕生。「2000年3月に伊勢丹新宿店の地下2階にBPQCがオープン。今では当たり前となった”心のケア”や”インナーケア”など、これまでなかった、人の内側にフォーカスした美容メソッドやアイテムが紹介されました」 (吉川さん)
2010年代:
首都圏を中心に展開するコスメキッチンが代官山で誕生したのは、今から15年前のこと。「2019年現在で56の店舗を持つまでに成長したコスメキッチンが大躍進し、また2010年代にデビューしたビープル (ライフスタイルや食に特化したコスメキッチンの新業態)が18店舗を有するまでに成長しました」 (吉川さん) オーガニックやナチュラルが日本で多くの支持を得られるまでになったのは、この2つの功績によるところが大きい。
真の健やかさやサステイナブルにスポットライトの当たる、新しい時代へ。
<左上から時計回りに>大島PR代表取締役 大島洋子 Double・Double SONS代表 / ヘアスタイリスト 山下浩二 美容家・オーガニックスペシャリスト 吉川千明 メイクアップアーティスト COCO ビューティーサイエンティスト 岡部美代治
平成の時代には研究による知見や新規成分など新しいものが続々と発表される中、オーガニックという分野が生まれた。ヘアやメイクでは、色やスタイルの流行の大きく移り変わって行った──ビューティーの最前線でこの時代を見つめてきた、5人のビューティストは令和を迎える今、これからのビューティーは、延いては社会はどのように変わると考えているのか。
「こだわりのあるいいものを創れる若い人が増えるといいと願っています。ふるいモノの中からよいモノを見つけ出して活用できる社会であってほしい」と 山下さん。また、COCOさんは「弱者に優しい世界で、地球環境によいと思える物づくりがなされ、利他的な精神や寛容な心を持った成熟した人の暮らす未来に期待したい」とコメントした。言うまでもなく、社会とは人の暮らす世界だ。それは環境によって育まれる。
吉川さんは、「オーガニックのものづくりのベースにあるのは、サスティナビリティです。地面を汚さないこと、環境を傷つけないこと、健康を崩さないこと、それら3つを軸にしています。人間だけでなく、地球に生息する全ての取り巻く環境を痛めつけないモノづくりに期待します」と言う。その日々を営む環境の一つにビューティーがあると思える時代になった。
「SDGs(国連の掲げる持続可能な開発目標)の思想を取り入れたビューティーが高く評価されるようになると思っています。いや、願っています」と岡部美代治さんは述べ、「多様な生き方や価値観を認め合う時代になれば、当然ビューティーもそのあり方が変わってくると考えます」と続ける。さらに、大島さんは「美容は、小さなことでも人を幸福な気持ちにし、時に自信をも与え、励ましてもくれるもの。ビューティーに対する考え方や取り組み方がこれまでとは変わってきているのではないでしょうか」と話す。
改元という歴史的な節目がやってきた。今、もっと自由に真に生活を楽しむことが重んじられるのではないかと思うととともに、豊かな環境の尊さについて考える。