「赤ワインが健康に良い」という不可思議なブームが終わった理由

11月19日はボージョレ・ヌーボーの解禁日。かつては赤ワインが健康にいいといわれたものだが、最近はすっかり耳にしなくなった。百薬の長ともいわれるお酒だが、実際はどうなのだろうか。本当に適量を飲めば健康になるのだろうか。ワインと健康の関係を最新の研究から紹介する。(サイエンスライター 川口友万)

赤ワインを飲めば

心臓病の予防になる?

今年もボージョレ・ヌーボーの季節がやってきた。日本への輸出が始まったのは1985年。時差の関係から欧米よりも早く解禁日を迎える日本では、輸出開始とバブル期が重なったこともあり、空前のお祭り騒ぎとなった。

ボージョレ・ヌーボーブームに続いて赤ワインが健康にいいと言われ始め、中高年男性諸氏がこぞって赤ワインを飲み始めたのが90年代のことだ。忘れている方のために復習するとブームの始まりは「フレンチ・パラドックス」からだった。

フランス人は乳製品をよく食べる。国際酪農連盟日本国内委員会(JIDF)の「世界の酪農情況2019」によると、フランス人の1人あたりチーズ消費量は年間26.5キロで世界第2位(1位はデンマークで28.9キロ)。日本は2.84キロなので、10倍近い差がある。

チーズや肉には飽和脂肪酸が含まれており、LDLコレステロールを細胞が処理する邪魔をする。LDLコレステロールは悪玉コレステロールといわれ、血中に増えると酸化して過酸化脂質になる。そして血管壁にへばりつき、血管細胞の細胞膜を劣化させて動脈硬化を引き起こす。

血液の中のLDLコレステロールは細胞が吸収して血中量を調整している。飽和脂肪酸が増えると細胞はLDLコレステロールを吸収できなくなり、血中に増加、動脈硬化が始まり、生活習慣病のリスクが跳ね上がる(なお不飽和脂肪酸がLDLコレステロールの材料というのは間違いだ)。

フランス人の血中LDLコレステロール量はアメリカ人やイギリス人と変わらないのに、なぜか虚血性心疾患(いわゆる心臓まひ)での死亡率が圧倒的に低い。

1987年の人口10万人あたりの虚血性心疾患による死亡率を見ると、イギリスやデンマークなど欧州各国が軒並み200人を超えており、これを乳脂肪の摂取量と関連づけるとキレイな直線に並ぶ。乳脂肪(チーズなど乳製品)を取る国ほど死亡率は高く、乳製品をあまり食べないスペインやポルトガルは低い。ところがフランスだけがこの直線から外れるのだ。

フランスの乳脂肪摂取量はドイツをやや上回る。ところが虚血性心疾患で死ぬドイツ人は10万人あたり約160人だが、フランス人は約60人と圧倒的に少ない。同じ量の乳製品を食べ、血中LDLコレステロールも同じなのに、フランス人は他国の3分の1しか心臓まひにならない。これがフレンチ・パラドックスである。

その理由が赤ワインじゃないかという。国際ブドウ・ワイン機構によると2015年の1人あたりのワイン消費量のトップはポルトガルで54L、ついでフランスが51.8L、イタリアが41.5L。乳脂肪摂取量と虚血性心疾患の死亡率にワイン消費量を加えて補正すると、これが見事に直線上に並ぶ。ワインを飲む国ほど虚血性心疾患の死亡率が低いのだ。

この情報が日本に上陸、赤ワインブームを巻き起こしたわけだ。

フレンチ・パラドックスの

原因はいまだ解明されてない

なぜ赤ワインが虚血性心疾患を防ぐのか?

赤ワインの赤い色はブドウの種や皮に含まれるポリフェノールという色素の働きだとされた。ポリフェノールには抗酸化作用があるため、LDLコレステロールが酸化して過酸化脂質になるのを防ぎ、動脈硬化を引き起こす率を下げるという。

レスター王立病院のサイモン・マクスウェル医学博士らが1994年、学生にワインを飲ませ、血液中の抗酸化度を測った実験では6時間以上にわたり、抗酸化作用が持続した。さらに、同じく1994年に国立健康・栄養研究所の近藤和雄・臨床栄養部臨床栄養指導室長(当時)らが行った実験では、被験者にワイン500mlを2週間飲んでもらったところ、血中の酸化LDLコレステロールが有意に減少した。LDLコレステロールが酸化するまでの時間が延びていることもわかった。

また、山梨大学ワイン科学研究センターでも1996年に佐藤充克客員教授が、活性酸素(体内で発生する強力な酸素分子で細胞を破壊し、老化の一因とされる)の量と赤ワインのポリフェノールの量に明らかな関係があり、ポリフェノールを加えると活性酸素系での活性酸素が減ることを世界に先駆けて確認した。

こうした数々の実験結果などから疑う余地がないかに見えた赤ワインの効果だが、アバディーン大学・ローワン健康栄養研究所の化学者メアリー・ベリッツイらが、1970~1987年にさかのぼり、虚血性心疾患の死亡率とワイン消費量の関係を調べたところ、関係ないことがわかった。フランスではこの期間にワイン消費量が大幅に低下したが、虚血性心疾患の死亡率に変化がなかったのだ。

このため、ベリッツイらは、赤ワインではなくビタミンEに含まれるα-トコフェロールの消費量の多さが虚血性心疾患を抑えているのではないかという「ヨーロッパ・パラドックス」を主張している。

そうなるとα-トコフェロールの摂取量が少ない日本人の虚血性心疾患の死亡率が低いのはなぜかという新たな疑問も起きる。「ジャパニーズパラドックスではないか」などの声も上がっているが、いずれにせよ、何が正しいのかはいまだ解明されていない。

赤ワインも白ワインも

抗酸化力は変わらない

さらにややこしいことに「白ワインの方が体にいい」という説まで出てきた。これまではポリフェノールの抗酸化作用が健康に役立つと考えられていたため、ポリフェノールが少ない白ワインは健康に関係しないと思われていた。

ところが1998年に新潟県立看護短期大学の石沢信人研究員らが赤ワインと白ワインの抗酸化力を比較したところ、両者に差はなく、むしろ一部の白ワインは赤ワインを上回る値を示した。

ポリフェノールの量自体は赤ワインが1100~2900mg/Lに対して、白ワインは250~340mg/Lと大きく異なるが抗酸化力は変わらない理由はポリフェノールの分子サイズにあるようだ。

山梨大学ワイン科学研究センターによると白ワインのポリフェノールは分子構造が小さいため、細胞の吸収率が高いという。ポリフェノールの量が少なくても白ワインに高い抗酸化力があるのはそのためのようだ。

なお、赤ワインにはポリフェノール以外にも、レスベラトロールという物質が10mg/L程度含まれている。一部の研究によれば、この物質には寿命延長作用があるらしいとの報告もある。酵母菌や線虫、小魚などで寿命延長効果が発見され、2008年には高脂肪食を食べさせたマウスにレスベラトロールを与えると普通のマウスと同じ期間生きることがわかったというのだ。

とはいえ、赤ワインを飲めば寿命が延びると喜ぶのは早計だ。

山梨大学ワイン科学研究センター客員教授の佐藤充克氏は『ポリフェノールと健康について』という文章でレスベラトロールに触れ、人間が赤ワインで必要な量のレスベラトロールを取ろうとすると1日1L以上になり、アルコールによって寿命が縮まると書いている。

結局のところ、赤ワインには抗酸化作用もあるし、もしかしたら寿命を延ばす効果もあるかもしれない。しかし、赤ワインを飲むだけでは心臓病の予防にはつながらないということだ。おそらく赤ワインを含むフランスの食事や生活習慣が作用しあって、フランス人の虚血性心疾患を抑えているのではないか。

飽和脂肪酸の原因としてやり玉に挙げられた乳製品にしても、厚生労働省の大規模調査では、乳製品のカルシウムをたくさん取った人は脳卒中、脳梗塞などの発症リスクが低下することもわかっている。単純に1つの食べ物を取り上げて、体に良い悪いとは言い切れないのだ。

栄養素は複雑に絡み合って体に影響する。「○○だけ飲めば健康になる」という話は眉に唾して聞いた方がいい。赤ワインによる健康ブームが過去のこととなったのは、多くの人たちがそれに気づいたからだろうか。今年はそんなことを考えつつ、ボージョレ・ヌーボーを抜栓したい。